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津波 [世界]

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 私は子供のころからよく津波の夢を見て、うなされた。そのイメージがどこから来たものなのかはわからない。私の故郷は東北の南側に位置する小名浜という港町だ。祖父母はその北の四ツ倉という港町に住み、そのため私にとって太平洋は常に身近にあった。太平洋の荒波に面した堤防を祖父とよく散歩し、夏は四ツ倉の海で遊んだ。「海はおっかねえがらな」という祖父母のおどかすような口癖が、子供の私の頭にいつしか刻み込まれた。海を見る私の目にはいつも、恐怖というフィルターが付いている。
 夢に出てくる津波のイメージは非常に鮮明で、突如海の彼方から巨大な津波が表れ、高い場所に必死に逃げる。子供のころの夢では、逃げおおせたと思って、高い場所から巨大な波を見るが、迫り来る津波は自分たちのいる場所よりもさらに高い。呑み込まれる寸前で目が覚め、心臓の鼓動がどきどきと耳に残る(ただし、津波は怖いだけでなく、虹色に輝き美しく描かれることも多かった)。それが大人になってからは、呑み込まれて水中でもがく場面まで見るようになった。やがて40代を過ぎるころになると、津波の夢はほとんど見なくなる。何かを忘れ去ったように。
 3月11日、東北の太平洋側で大地震が起き、大津波が海に面した多くの町々を襲った。記録された映像を見ると、津波は波というよりも、地を這う溶岩流や土石流のようだ。あらゆる物をなぎ倒し、呑み込み、人間の力ではどうしようもない強大な力を見せつける。さまざまな部材の塊に化けたようなその様には戦慄を覚える。実際に目前で見たならば、どれほど怖かったことだろう。命や建物のほとんどを奪われて、沼地のようになった町の痕跡を見ていると気が滅入ってくる。その規模はまさに想像を絶する。
 東北の人々は、親兄弟、夫や妻、子供、そして家や生活の糧を喪った。想像を絶する被害なので、途方にくれてしまう。残された被災者のことを思うとやりきれない。小名浜と四ツ倉の町も被災した。自然は人々を生かしもし、殺すこともある。それが自然であることをあらためて感じる。数年ぶりに、「海はおっかねえがらな」という、いまは亡き祖父母の言葉が蘇った。自然の中で暮らす以上は、それが小さな港町であろうと、都市のど真ん中のマンションであろうと、自然がある日突然牙をむき出す存在であることを肝に銘じる必要がある。本来われわれの記憶の底には、自然への恐れが刻み込まれている。それが私の夢に現れた。その怖さを忘れてはならない。夢が現実になってしまったことはまったく残念だが、いまはそれを受け入れるしかないのだろう。
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