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文壇バー「風紋」に行く [文学]

 少し前の話になるが、新宿の文壇バー「風紋」を訪ねた。6月28日に閉店になるというので、26日に林聖子さんに会いに行ったのだ。

 5年ほど前、会社の同僚のM君に風紋に行こうと誘われていたのだが、結局こんな時期になってしまった。「聖子さんから、太宰治や当時の三鷹などの話が聞ける」とM君は言っていた。太宰の小説は7割がた読んでいたのだが、自分にはこの小説家と懇意にしていた女性に会いにいくほどの熱意はなかった。

 しかし、とうとう店が閉まると聞いて、一度は訪れなくてはと思い立つ。三鷹のフォスフォレッセンスの店主Dさんも行ったほうがいいと背中を押す。なにしろ、生身の太宰治を知り、小説に登場する人物(「メリイクリスマス」のシヅエ子ちゃん)の基になった人だ。そのような機会はもうないだろうし、面白い話が聞ける気もしてきた。

 店には6時頃着いた。新潮社の編集者とカメラマンが店内と聖子さんを撮影しており、また聖子さんの弟さんが来ていたので、30分ほど待たされた。カウンターの端に座ったが、聖子さんがテーブル席に移ったので自分もそちらに移動し、「三鷹から来ました」と挨拶した。店は少しずつ整理が始まっており、林倭衛(しずえ=聖子さんの父親、画家)の画集や本などが並べられ、少し落ち着かない。ゆっくり昔話をするにはおそすぎる訪問だった。

 聖子さんは今年90歳。年齢の割には背筋が伸びている。カウンター内でもテーブル席でも座っていることが多かったが、昔はさっそうとしていたのだろう。会話もはっきりしていた。時間があれば、昔話をじっくり聞くことができたろう。後日知ったことだが、聖子さんは以前セザンヌのアトリエを訪ねていた。大正14年(1925年)、林倭衛がそのアトリエを制作のために借りていたのだ(林聖子著「風紋五十年」に記載)。セザンヌのアトリエの印象を聖子さんに聞いてみたかった。

 聖子さんと三鷹の話をした。逆にこちらがいまの街の様子を伝えた。彼女と母親の秋田富子さんは井の頭病院の東側、三鷹通りを越えた先あたりに住んでいたという。桜井浜江さんの家はもっと駅寄りだと言ったが、位置的にはそれほど離れていない気もする。毎年、禅林寺に富子さんと太宰の墓参りに行っていたが、昨年、飲まず食わずで出かけて、帰りに倒れそうになったのだという。だから、今年は墓参りに行かなかった。外出するときは補助の歩行カートのようなものに頼っている。

 富子さんのお墓は太宰の墓の西側にあることを知った。私は「禅林寺の前をよく通りますので、ときどきお線香をあげに行きましょう」などと気前のいいことを口にした。同席した太宰治記念サロンのガイドのSさんは二人の墓参りを欠かしていないという。私は酒が飲めないので、この日は烏龍茶で口を潤した。Sさんが作った肉じゃがや卵焼き、漬物など、おかずがたくさん出てきて、聖子さんやお手伝いの女性たちと一緒に食べた。カウンターに若松屋(鰻屋)からの花が飾られていた。

「メリイクリスマス」に書かれてあったように本当に赤いレインコートを着ていたんですか、と尋ねるとそうだという。太宰に関する話はそのくらいしかしていない。私と同じような一元の客や、馴染みの客がひっきりなしに来ていたからだ。閉店する理由については、お客さんが来なくなったことを挙げた。昔は編集者や作家たちがたくさん来店したのだとのこと。聖子さんの身体の具合もあるが、いちばんの理由はそれなのだろうと思う。私は、いまの編集者は飲まないし、作家と会う機会も減りましたね、と答えた。有り体に言えば、文化がなくなってしまったのだ。風紋には、檀一雄や中上健次などの作家や出版関係者、画家、俳優などが通い、店を盛り上げていた時代があった。

 最後に聖子さんの写真を撮らせてもらい、「またお会いしましょう、お元気で」と自分でも少し驚くくらいの声を出して手を上げ、店を後にする。ありがとう、と聖子さんは微笑んだ。扉を閉めたとき、太宰が生きていた時代の証と、その後の創作者たちの文化がどんどんと遠ざかっていくような気がした。

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睡眠時無呼吸症候群 [健康]

 日中の眠気が強いため睡眠時無呼吸症の検査を行ったところ(写真1)、就寝時に最長で3分間、一時間に32回の無呼吸状態があることが分かり、「CPAP」(シーパップ)という医療機器を装着して寝ることになった(写真2、TEIJINの「スリープメイト10」)。3年ほど前にも心療内科の医師に相談し、検査機器を付けて確認してみたことがある。その際は最長で1分程度の無呼吸状態があった。そのときは、この程度ならまだ治療の必要はないとの診断だったが、それが悪化したかたちだ。

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写真1 睡眠時無呼吸の検査キット。左のホースが鼻の穴に取り付けるH型のプラスチックにつながっており、呼吸を感知する

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写真2 「CPAP」。右上の装置からパイプを通じて酸素を送出する。左下にあるのが、鼻に装着するマスク

 この症状は字のごとしで、睡眠時になんらかの原因で気道がふさがって呼吸が止まる。たいていはいびきとセットだ。いびきがうるさい人を見ていると、突然静かになり、息をしていない状態になるのを見たことがあるだろう。そのうちに、「カッカッ」と喉が詰まるような音をたて、再び呼吸が始まる。舌と軟口蓋などが弛緩して気道が塞がれてしまう。

 だいぶ以前から家人にいびきがうるさいと言われていたが、このような状態になるとは思いもよらなかった。内科医は最長3分間は重症だという。通常は、対処法としてマウスピース(スプリント)を作成するのだが、重度なのであらためて睡眠外来科の受診か、CPAPの装着のいずれかを勧められた。

 CPAPというのは、就寝時に鼻に酸素マスク様のものを装着し(写真2の左下)、圧力をかけた空気を送り、気道が塞がらないようにする装置だ。通常呼吸しているときは標準量の酸素を供給するが、気道が狭くなったり、無呼吸状態を感知すると強制的に多くの酸素を送出して気道を開く。呼吸の状態をきちんと検知できるように、マスクは密着して取り付けなければならない。そのため、頭部と頬の双方にバンドがある。また、使用中は口を閉じていなければならない。

 就寝時とはいえ日常的にこんなものを付けるのは尋常ではない。しかも、治療ではなく対処方法であり、無呼吸症が続く限りは使い続けなければならない。なんらかの治療を行わなければやめられる見通しのない装置なのだ。CPAPはレンタルのような扱いとなり、費用は月4500円ほどかかる。マスクやエアチューブは常に清潔にし、ときどき清掃する必要がある。旅行先にも持っていかなければならず、それを考えると気が滅入った。家人はダースベーダーのようだといい、使用時は自宅にいながらICUの患者のような気分になる。

 私は6月1日から使用し始めたが、なかなか慣れることができず、高圧な送出が始まると苦しくて止めてしまう。圧が高まるまでの時間などは利用者が調整できるが、最低と最高の圧力は医師の診断がないと変更できない仕組みになっている。つらいのでいちど最高圧力を下げたもらったが(圧力レベル:通常4ー最大15から同4ー同8へ)、それでも2時間ほどしか装着していられなかった。

 そうこうしているうちに1カ月がすぎたころ、左の顎から耳の横にかけて痛みだした。徐々に痛みが増すようになったので、治療科目に顎関節症や口腔外科がある歯科医に駆け込んだ。診断は顎関節症だという。ちょうど個展が始まるときであり、痛みをこらえながら画廊に通う。歯科医から3つのアドバイスを受けた。一つは朝起きたらまず顎に温めたタオルを当てる。これは朝食の前に行い、関節や靭帯の血行をよくする。次に、食事をするときに下顎を少し前にずらしてから噛むようにする。これは意外に難しい。そして、なるべく左側の歯で噛む。CPAPの使用をストップした。

 歯科医による対処方法で2、3日過ごしてみたところ、徐々に顎の痛みは和らいできた。ところが、今度は左下の奥歯が疼き出した。急いで医者に駆け込むと、レントゲン結果を見て、奥歯の神経と歯根の下に影があり、細菌にやられているとの診断。それは一番奥に眠っている親知らずの下にまで達し、見るからに悪くなっているのが分かった。睡眠時無呼吸症から顎関節症、奥歯の根管治療ーーと不具合の連鎖だ。踏んだり蹴ったりとはこのことだろう。顎関節症がCPAPによるものなのかは定かではないが、1カ月間、顎をベルトで締め続けていた影響はあるように思う。

 無呼吸症と顎関節症の双方に対応できるマウスピースが作成できると医師はいう。CPAPとは別に、それはそれで試してみようと思う。問題は顎関節症での奥歯治療だ。口を開けることはできるのだが先日は、治療中に4回、顎が外れた。医師は口腔外科も行っているためすぐにはめてくれたが、顎が外れる経験は初めてだ。日常的な場面で外れないように、あくびなどをするときに気をつけた。

 私は50歳を過ぎた頃から、身体に異変が増え始めた。ひとえに長年のさまざまなストレスや負荷の蓄積が原因であると同時に、骨や神経などの身体組織の耐久性の低下の影響もあるように思う。この状態はしばらく続くだろう。老化というのは身体の崩壊だ。若い頃は、生命力というか、抵抗力で難なく乗り切れたが、その助けが効かなくなる。横尾忠則さんのように、老化の進行を楽しむ余裕は私にはまったくないが、ある程度あきらめの心境で臨まないと気持ちがまいってしまう。いまのところ、仕事をするモチベーションが湧いてこない。さて、どうなるか。
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歯科治療 [医療]

 子供のころから虫歯で苦労した。
痛くて、よく夜中に母親に「今治水」をつけた綿を詰めてもらった。
小学校3年生くらいのときに、歯医者で一度に4本抜かれたこともある。しばらくして麻酔が切れ、痛くて枕に突っ伏して泣いた。当時の歯科医はずいぶん乱暴な治療をしていたと思う。怒った祖父が歯医者に文句の電話を入れた。
「子供とはいえ、いっぺんに4本も抜くやつがあるか」

 すでに五十を過ぎたいまでも、歯の治療で苦労している。
この年令になったからこそ、長年蓄積した不摂生が顔を出したにすぎないのだが。
仕事に熱中した20〜30代ごろは歯に無頓着で、思い起こせば、歯磨きなどはずいぶんいい加減にやっていた。たぶん2分もかけていなかっただろう。そのころから奥歯に虫歯ができはじめ、歯科医に行くと削られて、金属のインレー(詰め物)や、「アマルガム」などという銀色のアルミ材のようなものを詰められた。(このアマルガムには水銀が混ぜられていたことを後に知る)

 40代半ばでとうとう左下の臼歯を抜歯し、インプラントを入れることになった。ほとんど外科手術のようなインプラントは苦手な歯科治療でのクライマックスだった。寿命が縮んだが、口腔外科を得意とするM医師は直径7mmのボルトを私の顎に埋め込んでくれ、満足げだった。

 それからしばらくは歯磨きを用心深く行うようになったが、もともと徹夜仕事が多く、不規則な勤務形態だったせいもあり、歯のケアがおろそかになることが多かった。間食もし、昼に歯を磨く習慣はない。そのうちに右下の奥歯が痛みはじめ、HF歯科に通ったが、ここでは治療ミスや未完成なCADCAM機器「セレック」による治療など、ひどい目に遭う。

 三鷹に住んでから現在まで7つの歯科に通った。ひとつの地域でこれだけ変えるのは尋常ではない。しかし、それには理由がある。前述のHF歯科は論外として、K歯科はプラスチックを多用し、薬剤によるていねいな治療はいいのだが、いかんせんプラスチックで埋めた個所に後年虫歯が再発しやすい。それで小臼歯が一本がほぼだめになってしまった。H歯科は腕のいい医師との評判で行ったが、担当したのは二番手の医師で少々経験不足。次のF歯科も同様で三番手。若い医師は細かい施術ができるかもしれないが、要するに削って詰めるだけで、どこか淡白だ。自分がやりやすい個所を選んでいる。「お口の中の環境をトータルに見る」というが、実際には全体をよく見ていない。

 軽度の虫歯ならば、いまならどこの歯科でも大差ない治療を行ってくれるだろう。問題は、神経に近づく深い虫歯や神経治療にまで達した歯の場合だ。本当は虫歯の進行をなるべく遅らせる治療をよしとすべきなのだろう。20代前半に通った国分寺の歯科医が治療した3本の奥歯は25年以上長持ちした。医師による手技の差は実は歴然とあるような気がしてならない。金属インレーでフタをしても、結局虫歯は内部で静かに進行していく。気づいたときには深く傷んでいることが多い。その耐久期間が、歯科医の技術によって4年だったり、25年だったりする。いまでは信じられないが、本当に25年もつ治療もあったのだ。

 いろいろな歯科に通院して感じたことがある。最近の新しい医院は総じて院内が清潔だ。治療に使う器具も患者ごとにビニール袋に入れて管理し、治療台の横には治療時以外はなにも置かない。一方で、古い医院にはそれとまったく反対のところもある。雑然とちらかっており、治療代の横には常時、薬の瓶や器具、箱が置かれ、治療中の飛沫があってもおかまいなし。もっとも、清潔だから信頼できるとは限らない。2本ほど治療してみて、仕事の良し悪しが分かる。世間の評判はあまりあてにならない。ここで、歯科医の特徴を列記してみよう。

・治療計画や施術の説明がていねい。虫歯を見逃さない←○
・治療中のインターバール(うがい)をきちんと取る←○
・院内がきれい。看護師の応対や手際もいい←○
・クリーニングに力を入れ、歯周病のチェックもきちんとできる←○
・最初に治療計画を立て、あまり時間をおかずに虫歯を次々に治療していく(通院は1カ月に三、四回程度)←?
・時間をかけてじっくり治療する(通院は1カ月に一回程度)←?
・インプラントや口腔外科、顎関節症までカバーできる←○
・根管治療も時間をかけて行う←○
・かみ合わせを含め、口内環境のバランスをトータルに見る←○
・金属インレー優先←?
・プラスチック治療優先←?
・セレック(CADCAMによるセラミックインレー治療)などを積極的に勧める←×
・治療個所が長持ちする←○
・治療個所が長持ちしない(4年ほどで虫歯が再発)←×
・治療を終えても違和感が残る(「詰め物が当たる」「うずく」など)←×
・除菌液を勧める(研究の末開発されたうがい液、1本3000円以上を毎月)←×

 残念ながら、上記の「○」のいずれかにあてはまる歯科医はあっても、すべてをカバーしているところはない。医院によってやり方や得意分野がまちまちなので、一概に良し悪しが判断できないのが実際だ。保険診療による限界もあるだろう。「?」は疑問が残る。しかし、納得できない治療結果になった場合は医院を変えるべきだ。任せっきりはよくない。意外なのは、目視で明らかに虫歯であるにもかかわらずそれを治療しない歯科医。鈍痛を訴えてから治療を始める医師がいる。また、間を置かずして治療をどんどん進める医院も注意したい。インレーでフタをしてから痛みだしたら元も子もない。その逆に、1カ月に一度など、あまりのんびりしているのもいけない。のんびりしている間にほかの歯が傷み始める。初期ならまだいいが、根管治療や難しい処置になった場合の医者選びは慎重に。いままでの歯科医がそれらに対応できるのかを確認したほうがいい。

 本稿を読んでくれている20〜30代の方々に伝えたいのは、いま、歯を大切にしてほしいということだ。磨き方をマスターし、虫歯を作らないようにしたほうがいい。まだ間に合う。その時代におろそかにすると、40代後半になってガタが出始め(あるいはさらに高齢)、連鎖的に悪くなり、治療が長引く。加齢による歯質や神経の耐久性の低下などもあるだろう。虫歯になってしまったら、最終的にたどり着くのは抜歯だ。その先の選択肢は義歯、ブリッジ、インプラントの3つしかない。若いときはいいが、中高年になるとこれは切実な問題になる。

 歯科治療が身体の衰えやストレスと重なると、気分も沈む。金はかかる、時間は取られる、痛い、苦しい、よく噛めない、でいいことはなにもない。口内環境というのはとても微妙なバランスで成り立つ世界だ。そのバランスを崩さないように心がけるべきだ。喪ったら二度と戻らないし、悪くなると同時多発的に傷みだす。しかし一方で、五十年も使ったのだからガタが来て当然。あるいは、虫歯になったら結局進行は止められない。そのように現実を受け入れることも必要かという思いもある。私はいま、もがきとあきらめの狭間にいる。これはなかなかにしんどい。

 
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