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磐梯山(2) [制作]

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毘沙門沼

 翌日は朝から雨だった。テレビを見ると、天気図では前線が東北地方を横断するようにかかっていた。残念な天候。バッグパックの中身や画材をビニール袋で包み、支度をする。タクシーで猪苗代駅に向かい、10時40分発の路線バスを待った。これが始発なのだ。観光地ではあるが、バスの本数は過疎地なみに少なく、1時間に1本あるかないか。
 磐梯山は雲に隠れている。30分ほど乗って五色沼で下車。目的は裏磐梯から臨む山。大雨の中、バス停に立ち、大した下調べもせずにやって来たため、どの方向に進むか思案する。ひとまず近くの建物に向かって歩いて行くと、そこは公営のガイドセンターだった。女性ガイドに付近で磐梯山が見える場所をいくつか教えてもらい、50円の地図を買う。今日の五色沼は雨で山道が悪いので、毘沙門沼までにしておくほうがいいと助言された。毘沙門沼はそこから歩いて10分もかからない場所にあった。水たまりだらけの迂回ルートを歩くと、「熊に注意」の看板があり、緊張する。
 エメラルドグリーン色の沼に雨が降る。周囲に人工物や人の姿のない沼は静まりかえり、その深い色ゆえか、少し怖さを感じた。沼の向こう側にあるはずの磐梯山はまったく見えない。画材は広げられず、水辺にたたずみ、あたりを見渡すのみだった。
 沼の近くで雨の止むのを待ち、昼食を取る。うろうろするうちに一瞬だけ雨が上がったため、急いで沼の周囲を下書きをしたが、すぐにまた雨粒が落ちてきた。制作をあきらめ、磐梯山の噴火や周辺環境にまつわるガイドセンターの展示を鑑賞し、16時発のバスに乗って再び駅に戻る。

 三日目は曇り。早朝、ホテルから浜に降り、散歩をした。桟橋に上がって湖底をのぞく。猪苗代湖畔の線量は0.07μSv/hほどで三鷹と変わらず(DoseRAE2)。チェックアウトを済ませ、ホテルのクルマに乗せてもらい猪苗代駅へ。運転手によれば、猪苗代は周囲を山に囲まれているため放射能汚染から免れ線量が低いのだが、風評で観光客が激減したという。それでなくても、以前からの不況で猪苗代湖畔駅は閉鎖され、団体客は減っていたとのこと。原発事故がそれに輪をかけた。ホテル周辺の土産店やレストラン、売店の8割がたは閉まっており、往時の賑やかさはない。
 前日と同じ時刻発の路線バスに乗る。この日は観光客で座席が7、8割埋まった。彼らは五色沼で降り、私はその少し先で下車した。五色沼のガイドに教えてもらった磐梯山噴火記念館まで歩く。幸い晴れてきて、南の方角に中央が円形に削れた磐梯山の一部が現れた。
 木陰のバス停で休むおばあさんに磐梯山のことなどを尋ねる。ここもまた、人影が少ない。ひとしきり周囲を歩き、ポイントを探す。前景の建物や木立などに一部さえぎられているが、全容がほぼ見える場所にイーゼルを立てる。陽が出て、暑くなってきた。水を飲みながら水彩紙に向かう。裏磐梯から見える凹型の形状は複雑であり、とらえにくい形をしている。噴火で吹き飛んで現れた赤みがかった肌色の岩場と濃い緑の山肌。山というのは本来、内から外に向かって膨張する力が働くはずだが、磐梯山の場合、大きく削がれた部分の力のベクトルが逆なのだ。この日もまた試行錯誤を繰り返すかたちでなんとか数枚描いた。納得できる仕事にはほど遠い。
 制作の途中で噴火記念館を訪れ、少しの時間、磐梯山に関する史料や模型などを見た。実際の岩石のサンプルに触れてみる。遠景の山と手元のサンプルはまったく同じ色をしていた。3階の展望台から山を臨む。ちなみに、噴火記念館横の、苔がつき枯葉がたまる入り隅を計測したところ0.25μSv/hを示した。予想外の数値だった。私は原発事故以降、風景画を描く際に放射能汚染を意識せずにはいられない。東京が汚染された数日後には近くの植物公園などでこれまでどおり制作を行い、今に至る。汚染された土地を描いているという認識は常にもっているが、それが自分の色彩に影響をあたえているかどうか、具体的には分からない。描いている最中は頭から消し去るからだ。
 4時半終了。山の表情は刻々と変わる。左手の中腹から雲が湧いてきて、山頂を隠した。名残惜しく、また来ることを誓って、道具を片付けた。無人のバス停留所でひと休み。夏の終わりに同期するように陽が傾いていく。猪苗代駅に戻り、18時46分発の磐越西線に乗って、帰路についた。

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磐梯山の北面

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