SSブログ

福島の桃 [生活]

 先週半ば、三鷹駅前にあるスーパーの棚に福島県産の桃が並んだ。品種は見なかったが大玉の部類で、4個パックで398円、単品98円で売られていた。たぶん例年に比べたらかなり安い値付けだろう。棚の上には印刷したPOPが付けられ、「モニタリング実施済み!! 暫定規制値を下回っていることを確認しています〜」という文を福島県知事の言葉として掲げていた。
 果物における放射性物質の暫定規制値はほかの食品同様500ベクレル/kgだ。POPには具体的な数値は記載されていなかった。そのため、検出された値が3桁なのか2桁なのかはわからない。もとより、規制値の500は諸外国の値よりも数十倍〜数百倍高い(果物はウクライナで70ベクレル/kg)。私はその桃を買おうかと少し迷った。放射性物質に汚染されていても、少しならいいのではないかという心理が働いたからだ。
 棚の状態からすると、福島県産の桃はそれなりに売れているようだった。外観はいかにも甘みがあってうまそうに見えた。私は福島県出身なので、故郷の桃や梨のうまさはよく知っている。特に今年のような暑い夏は出来がよく、とても甘い。放射能汚染の心配がなければまったくおすすめの品である。
 迷った末、私は福島の桃を買わなかった。代わりにその向かいにあった山梨の桃、2個で680円を買った。私は神経質すぎるだろうか。すでに体内にいくばくかの放射性物質を取り込んでいるのだから、桃の一つや二つでじたばたしても仕方がないのかもしれない。市民は皆、「少しくらいならいい」、あるいは福島の農家を応援する気持ちで福島の桃を買ったのだろう。翌日再びその店に行ってみると、桃は残り少なくなっていた。正直なところ、桃を見るとやはり買いたい衝動にかられる。
 私は身体に取り込む放射性物質の量をなるべく減らす努力はしたいと思う。米国科学アカデミーの委員会の報告[*1]どおり、「取り込んだ量がこれ以下なら影響はない」というしきい値は存在しない。少なくても健康被害は起きる。「少しなら」というのは、学者や政府がいう「ただちに健康に影響はありません」に通じてしまう考えなのではないだろうか。
 とはいえ、私は数日前いわき市に帰省した際に父母の菜園でとれた野菜を食べ、5月に行った際には地元で穫れた筍も食べた。福島県に限らず、国内の各地で汚染の報告がなされている。毎日食べている物は、たとえ山梨産の果物であっても、それが安全なのかどうかすらわからない。実のところ、もはや事態は滅茶苦茶であり、混乱しているのだ。福島県の汚染された牛でさえ、他県に売られたという。事故以前の法的被曝規制である年間1ミリシーベルトを自ら破り、放射能を軽視する政府はまったくあてにならず、疑えば、国産のものはすべて口に入れられなくなる。それを防ぐ意味で考え出されたのが暫定規制値だ。ただし「暫定規制値」は緊急時における無理矢理引き上げた値であって、「通常の基準に当てはめると食べるものがなくなるので、やむを得ず短期間はこの値のものでも食べましょう」ということだ。一方で放射能汚染拡大の事実は日々明るみになっている。水に始まり、野菜、魚、果物、そして牛へ広がった。この先は、今年収穫される米へと続くだろう。汚染は短期間ではなく、今後数十年あるいはそれ以上長期間になるのは確実だ。
 つまり本当は、「少しなら」という判断はあり得ない。「少しなら」という毎日がこの先何年続くかわからないからだ。であれば、いかにうまそうな桃であっても、汚染の危険がある食物(あるいは汚染度の具体的な表示がない食物)は食べないほうがいい。特に子供には絶対に食べさせてはならない。これは風評とは異なる。あとはリスクをどうとるか、いわゆる「リスクヘッジ」にかかってくる。リスクがゼロになることはないという前提で、なるべく放射性物質の摂取(累積線量)を抑えたい。
 確かに、低線量被曝の影響はいまだわかっていない部分もあるだろう。しかし、チェルノブイリやベラルーシなどにおける'90年〜現在に至る市民の健康被害の状況を知るにつれ、低線量被曝の影響は甚大だと思わずにはいられない。「ただちに影響がない」などというのはとんだ馬鹿野郎の台詞である。これから5年後、10年後、市民に健康被害が現れたとき、その馬鹿野郎どもは札束を持ってどこかに雲隠れして悠々自適に暮らしていることだろう。今回の福島第一原発から飛散した放射性物質の総量は膨大であり、いまも空気中[*2]や海中[*3]に放出され、土壌への浸透が進む。われわれが想像するよりも放射能汚染の被害ははるかに大きく、われわれは今そのただ中にいるのだ。

20110824_peach.png
スーパーで販売された福島県産の桃(産地:伊達市)・8月24日撮影

追記:
カタログハウスの店・東京店では、2回の検査実施による福島産の野菜を毎日販売するという。
http://www.cataloghouse.co.jp/shop/event/fukushimasan/
 

【Glossary】
[*1]米国科学アカデミーの委員会の報告——「利用できる生物学的、生物物理学的なデータを総合的に検討した結果、委員会は以下の結論に達した。被曝のリスクは低線量にいたるまで直線的に存在し続け、しきい値はない。最小限の被曝であっても、人類に対して危険を及ぼす可能性がある」。

[*2]空気中——日本原子力研究開発機構は8月22日、東京電力福島第一原発の事故で大気中に放出された放射性物質の総量は57万テラベクレル(テラは1兆倍)とする解析結果をまとめ、原子力安全委員会に報告した。(出典:asahi.com)

[*3]海中——東京電力と経済産業省原子力安全・保安院は4月15日、東電が4日から10日にかけて福島第一原子力発電所から意図的に海へ放出した比較的低濃度の放射能汚染水が、合計1万393トンにのぼったと発表した。含まれる放射能の量は、ヨウ素131やセシウム137などを足し合わせて1500億ベクレル。(出典:asahi.com)
 
タグ:福島の桃
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

nice! 0

コメント 0

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。