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死なない子供、荒川修作 [映画]

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 大雪の降る夜、吉祥寺のバウスシアターで「死なない子供、荒川修作」を観た。監督は山岡信貴、音楽は渋谷慶一郎。
 冒頭から荒川修作の不可思議な作品(オブジェ)がアップで映し出され、よく聞き取れない本人の言葉が流れる。私はこれまでも何度か、荒川修作の作品に接してきた。この人は、並々ならぬ思索を重ね、緻密な制作を続けた作家だと思う。デュシャンにつながるようなオブジェから設計図やドローイング、あるいは記号の集積のような平面まで。それらから受ける印象は常に「難解」だった。記号に彩られたドローイングはときに数学的、科学的、哲学的であり、オブジェは60年代のコンテンポラリーアートを彷彿させる。いずれの仕事も、容易には把握できない性質を持っていた。
「死なない子供、荒川修作」は、三鷹市に建てられた「三鷹天命反転住宅」を中心に語られている。天命反転住宅については、このブログでも以前紹介したとおり。原色系の色彩で塗装した、球体と立方体で構成されたコンクリートプレキャスト建築だ。初めて見ると、多くの人はその奇抜さに驚く。ここではときどき見学会が開かれ、その室内を体験することができる。でこぼこでざらついた安定感のない床や、原色に塗られた球面の室内。備え付けの収納スペースはなく、物は天井から吊す。それは、いわゆる従来的な意味の機能性や住みやすさを無視した居住空間だ。「ここに住むと身体の潜在能力が引き出され、人間は死ななくなる」と荒川は語ったという。
 映画は、三鷹天命反転住宅のほか、荒川の講演会での言葉や天命反転住宅の住人の解釈(本作の監督もこの住宅に住んでいる)、宇宙物理学者の話、天命反転住宅で生まれた子供の成長、岐阜の養老天命反転地の映像などで構成され、ときどきCGやイメージ映像を交えながら、荒川の世界を提示する。
 では、この映画を見て荒川修作の言っていることが理解できたかというと、それはNOだ。講演会を含め、「有機体」や「雰囲気」「動く」だのと、なにやらヒントになりそうな言葉を多く聞いたが、最後まで焦点が結ばなかった。わかったことといえば、この芸術家がいまの世界に対して、とてつもなく怒っていたという事実。西洋文明からいまの世界を成り立たせているもの、そして建築を含め、「嘘っぱち!」「まったくもって間違っている!」「でたらめ!」と全否定する。中途半端な迎合はいっさいない(この点だけみても、荒川が芸術家としての資質を持った人間であることはよくわかる。中途半端な迎合をする人間は芸術家ではない)。
 この全否定が、いまの自分からまったくかけ離れた訴えなのかといえば、それもまた違う。少なくとも私に限っていえば、彼の檄を受け、遠い日の原初の自分をふと思い出した。つまり子供のころに持っていた内なる感覚である。まだ外部の枠組みにはめられず、人間世界の色にもさほど染まらずにいた、4歳児ごろの、しばらく忘れていた記憶が蘇ったのだ。現在のこのまったく不自由な世界に住む以前の自分には、荒川修作が強く訴えている無限の可能性をもった感覚が確かにあった。あの時代は、生命が素の状態で動き、感じる、無根拠な存在だ。子供は、「社会」などというでたらめなものよりも、宇宙のほうに強くつながっている(この意味で荒川修作は子供の脳を持つ)。
 あえて解釈すれば、そのブラウン運動のような無根拠な、原子と同じ人間の状態こそが「死なない」ということなのではないだろうか。それは、私たちが普段イメージする、生命の終わりにおける「死なない」とはまったく異なる視点だ。もう少しゆっくり考える必要はあるだろう。しかし、「死なない子供」とはそういうことなのではないか。自立し、何者にも縛られない原初の状態から、自分と異なる新しい世界との出会いや気づきへ。「嘘っぱち」の社会を否定する。だとすれば、「三鷹天命反転住宅」はその原初の身体性に立ち戻るための住宅となる。吉祥寺から三鷹までの道のり、降り積もる雪を踏みしめて歩きながらそんなことを考えた。

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