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バーネット・ニューマン展 [ART]

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 東京駅八重洲口の近くから出ている直行バスに乗って、千葉県佐倉市にある川村記念美術館に行った。同美術館では現在、「バーネット・ニューマン展」が開催されている。東京駅から佐倉までは高速を使っておよそ1時間。
 川村記念美術館は以前、大規模なマーク・ロスコ展を開いたことで有名になり、一度訪れたいと思っていた。運営しているのはDIC株式会社。自然に囲まれた庭園内に建ち、敷地には大きな「白鳥池」がある。その名のとおり、白鳥が4羽ゆったりと泳いでおり、時間がゆっくりと進むような静かで落ち着いた場所だ。敷地の入り口には佐藤忠良のブロンズ像が、美術館前にはフランク・ステラの巨大な彫刻が立っていた。
 館内に入ると、まずは古典の収蔵作品の展示室になっている。バーネット・ニューマン目当てに来た意気込みがここでいったん静まる。コレクションは、モネ、ルノワール、ピカソ、レンブラント、シャガール、マレービッチなど。このほか、マン・レイの「赤いアイロン」『筒の中の柄または「主なき槌」』「夢・育児法」にも出会える。これらの展示のあとに、マーク・ロスコの部屋に入る。計7点の大きな作品(シーグラム壁画)に囲まれ、瞑想するように作品と対峙する空間だ。描かれているのは単純な矩形の色面。照明が薄暗いため幽玄とも呼べる印象を与え、崇高な精神性のようなものを感じ、しばしたたずむ。
 2階に上がると、ヨゼフ・アルバースの「正方形賛歌」など2点、サムフランシス、アド・ラインハートの「抽象絵画」、モーリス・ルイスの「Gimel」「ガンマ・ツェータ」、フランク・ステラの大作などが展示されおり、予期せぬ現代美術との邂逅に少々驚く。これほどの作品群があるとは思っていなかった。特に、フランク・ステラの大作9点は圧巻だ。平面5点、立体4点。ストライプによる平面から、ハニカム構造のアルミニウムなどを使った立体まで、いずれも重要な作品で、これらを見るだけでも来た甲斐がある。モーリス・ルイスの2点もよかった。
 そしてようやくバーネット・ニューマンの展示にたどり着く。最初の部屋の真正面に置かれたのは「Be I」(存在せよ I)だ。赤い画面のセンターに「Zip」と呼ばれる1本の線(垂直の要素)。1944年に制作されたクレヨンによる幼児の落書きのようなドローイングはまったく感じるものがない。次に、リトグラフによる「18の詩篇」(1963-64)。主に2つの色による色面。厳密に選ばれた色。順番は忘れてしまったが、さらに「The Name I」「Queen of the Night I」「Primordial Light」「Not There - Here」、鋼材による「Here II」と続き、最後に川村記念美術館の重要な収蔵品「Anna's Light」(アンナの光)となる。大型の平面作品は、思索の末に選ばれたであろう色および色面の対比が印象的だ。彼独特の垂直方向の面の置き方。「Anna's Light」はバーネット・ニューマンの作品中最大とのこと。その赤は日本で言えば「金赤」に近いだろうか、その色面の広さに引きつけられる。赤とバーミリオンの混合。キャンバスの両側に白いスペースがあり、右側のほうが広い。近づいたり離れたり、左右に移動したりしながらこの作品の色と大きさ、マチエールを体感した。ただしこの距離感は、古典絵画を見るのとはまったく異なる。見る者はこの絵からどのような光を感じるのだろう。あるいはこの作品は絵である前に色彩であり、もしくはタイトルどおり光なのか。この赤が光か、物質かという点で幻惑的ですらある。ひとつだけ言えるのは、この作品からポジティブな印象を受けるということだ。このような重要な作品が日本にあるのは驚きだった。
 最後の部屋ではバーネット・ニューマンへのインタビューとドキュメンタリーによるテレビ番組2本が上映されていた。ここに記録された彼の言葉が非常に興味深いものだった。作品のサイズについて、毎回まったく新しい気持ちでキャンバスに向かうこと、自然と離れること、一瞬にして忘れられない絵画、感情など。実は常設展示を見る時間が長くなり、この映像を鑑賞する時間があまり残っていなかった。そのため、インタビュー番組は途中までしか見ることができず。通常私は美術館に行った際、このような映像資料はあまり重視していない。しかしバーネット・ニューマンの話は示唆に富んだ内容だった。例えば、サイズはただ大きくしたのではなく、調和を探るための大きさであり、スケールが関係しているといった考え方。
 私が彼の話の中で特に気になったのは、絵画は1940年に死んだという言葉だ。死んだという表現だったのかは記憶があいまいだが、戦争の始まりとともに終わったという。それは、要するにヨーロッパに流れ続けた絵画の歴史の終焉を指摘したのだろう。バーネット・ニューマンを始めとする米国の画家は、歴史の連鎖から解き放たれた位置から新しい絵画を描き始めたということになる。「毎回まったく新しい気持ちでキャンバスに向かうこと」は、それと密接に関わる姿勢だ。ヨーロッパ絵画のメソッドを断ち切り、新しい色の塗り、白、材質、コンポジション、キャンバスのシェイプ、スケールを発見する。
 よくわからなかったのは、彼がいうところの「感情」だ。文学的な要素や歴史的、社会的な要素を排除したかに見える作品であるにもかかわらず、そこに感情を紡ぐというのはどういうことなのか。「感動」ではなく、感情。前述したポジティブな意識もそれに関連しているのか。この点については、今後さらに考えていきたい。いずれにせよバーネット・ニューマンの作品を見るというのは、モチーフや色、材質、スケールなどの要素において、画家にとって大きな飛躍、あるいは思考のリセットを喚起することにつながる。私にとっては非常に大切な体験だった。

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