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チロ愛死 [写真]

 荒木経惟氏の「チロ愛死」を見る。愛猫が老いて弱り、やせ細って死ぬまでを撮り続けた写真集。アラーキーの写真集なので当然、女の裸あり。チロの弱りゆく姿の対面に、花や空、屋上の恐竜人形、そしてエロ写真が日付入りで挿入されている。あくまで、写真は荒木氏の日常なのだ。ここでわれわれは、この写真家の愛するものへのまなざしを再び目にする。
 荒木氏の奥さんの陽子さんが連れてきたチロ。新婚旅行から陽子さんが癌で亡くなるまでを記録した写真集「センチメンタルな旅・冬の旅」を三鷹の書店で見たとき、私の目には涙が出た。それまで、書店で泣いた経験はない。「イヤ、イヤ、死ぬのイヤ」と顔を横にふりながら逝ってしまった妻。あれは、決して止めることができない、過ぎ去る時間に対する悲しみだったのか。写真はその時間を止める唯一の希望だ。「センチメンタルな旅・冬の旅」にいくども登場していたチロは、まだ無邪気な若い猫。「冬の旅」は屋上の雪の中でジャンプしたチロの写真で終わっている。
 「チロ愛死」は、遠くを見つめるような緑色の目のカットで始まる。徐々に死に近づいていく姿。レンズと被写体の距離は、そのまま写真家のまなざしだ。痛々しい姿に変わっていく愛猫。別れが迫ってくる。やがてチロが旅立つ間際、写真はモノクロになった。モノクロになって写真以外の存在が世界から消えた。そして、棺に入ったチロの亡きがらの写真の対面には、陽子さんの棺の写真。二人とも花につつまれている。花につつまれて旅立った。
 写真家と亡き妻の間にあり、夫婦の時間をつなげてきた猫が死ぬ。喪失。時間とはかくも悲しいものか。私も以前、愛猫を失った。その悲しみは32年たったいまでも心に留まったままだ。
 火葬されて白い骨になったチロの写真のあとは、自宅の同じ場所から撮ったのであろう空の写真が何枚も続く。「愛死」を経た写真家の目は空に向かう。いろいろな表情の空、空。時間がずっとつながっていく先は多分、空か海なのだと私は思う。空のカットのあと、本書最後の1枚は晴天に伸びる新緑の木だった。日付は5月5日。いい季節である。
 

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