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ドアロック [仕事]

 15年ほど前の年末の夜、竹芝埠頭に建設が進む高層ホテルの工事現場にいた。当時は内装の現場監督の仕事をしていて、そのホテルは1500平米を越す天井や建具などに塩ビフィルムを貼る現場だった。通常、内装の作業はある程度建物内部が出来上がった段階から始めるのだが、その現場は工程がかなり遅れ、しかも躯体がらみの収まりが多かったため、真冬の海風が吹く中、ジェットヒーターを焚きながらの工事となっていた。職人の一人に「この現場がこなせたら、ほかの現場は怖くない」と言われるほどきつい仕事だったことを覚えている。
 元請けにも毎日相当しぼられて(遅れのしわ寄せはすべて下請けにいく)、寄せ集めの職人連中を動かしながらなんとかヤマを越えた時期の晩。すでに10時を回っていただろうか、年末のせいもあって職人は皆帰り、現場にはだれもいなかった。寒空の下、道具を片付けて工事車両用駐車場に停めたワゴン車に積み込む。そのとき、うっかりミスをした。キーを差したままドアをロックして閉めてしまったのだ。財布を含む持ち物はすべてクルマの中。もちろんスペアキーなど持っていない。ポケットに10円玉が少々。どうすることもできないような状況だったが、気を持ち直し、なにか手はあると漠然と思いながら、まずは付近のガソリンスタンドを探した。キー閉じ込みはガソリンスタンドに頼めばいい、と聞いた記憶があったからだ。
 ようやく見つけたガソリンスタンドの店員に事情を話して助けを求めたがあっさり断られる。薄汚れた作業着の男が信用できなかったのか。JAFを呼ぶにも、所持金は大してない。次に、なんとか番号を探し、現場近くの電話ボックスから会社の上司Mさんの自宅に電話をかけた。いつも冷静なMさんは同じような経験があると話し、外部からロックを外す方法を教えてくれた。ただし、すべてのクルマに適用できるわけではないという。
 Mさんから授かった方策を頭に入れて現場に戻り、金尺を1本とってきた。窓のすき間から金尺を差し込み、何度も試す。いくらやってもひっかかりがなく諦めかけたとき、コトンと手応えを感じ、ロックボタンが上がった。夜空に向かって万歳をしたい気分だった。痛めつけられた現場だったが、ツキは残っていたらしい。そういう経験は、若いころ特有の根拠のない自信の糧になるものだ。
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